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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)8653号 判決 1963年3月29日

判   決

原告

東京都

右代表者東京都知事

東龍太郎

右訴訟代理人弁護士

木村忠六

東京都墨田区吾嬬町東一丁目七七番地

被告

滝沢正男

右許訟代理人弁護士

小林尋次

右当事者間の損害賠償請求事件についてつぎのとおり判決する。

主文

1、被告は、原告に対し金六一七、八八一円およびこれに対する昭和三四年一一月四日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合の金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、つぎのとおり主張した。

一、訴外橋本庄八が運転していた原告所有にかかる都電月島発柳島行第八〇六二号電車は、昭和三三年二月一三日午前七時五分頃墨田区石原町一丁目電車停留所を発車直後同交叉点において訴外石毛省三が運転する乗用自動車(コンサル五三年型五―は―二九九二号)にぶつつけられ、脱線して同停留所を発車直後将に左折進行しようとしていた訴外渡辺英吉が運転する原告所有にかかる都電柳島発月島行第六二八三号電車に衝突した。(以下省略)

理由

一、原告の請求原因第一項の事実(都電と自動車の衝突ならびに都電の脱線および衝突の事故の発生)は、当事者間に争がない。

二、(一) 前段事故が何人の過失にもとづいて生じたかについて審究するに、(証拠―省略)を綜合して判断すれば、本件事故は、柳島行電車が乗客の乗降をすませて発車し、約一八米進行して斜左約四一米の道路上に訴外石毛の自動車を発見した時にはことなく通過しうるものと考えて進行を続けたが、更に約九・五〇米進行した時に俄かに接近したことを感じて急停車の措置をとつたが及ばずして右電車の運転台左角と右自動車の右側面前部とが接触して生じたものであること、月島行電車の運転手たる訴外渡辺は、停留所を約一二粁の速度で発進して約八米進行した時対向車たる柳島行電車と石毛自動車との衝突があつたので急停車の措置をとつたが及ばずして脱線し、月島行電車の軌道上に入つてきた柳島行電車と正面衝突し、二重の衝突事故を惹起したものであること、これに対し訴外石毛の運転する自動車の速度は衝突当時約六〇粁であつたが、同訴外人は居眠り状態で運転していたので、衝突の直前同乗者たる訴外石井敏雄が右横合からハンドルを左に切つたことさえも知らず、衡突して初めて眼がさめたという始末であつたことを認めることができる。この事実からすれば、訴外石毛は、明かに本件衝突現場たる交叉点における自動車運転者の前方注視義務および安全確認義務を怠つたものというべきであつて、柳島行電車の運転手たる訴外橋本に運転上の注意懈怠があつたとはとうていいうことができないのである。

1、被告代理人は、訴外橋本の処置は、交叉点においては左方から進行する自動車に進路を譲るという交通倫理則に反するものであつたと主張するけれども、前認定の事実によつて考えるときは、柳島行電車はすでに訴外石毛の自動車よりもさきに交叉点に入つていたものと認められるから、柳島行電車についてこの原則の適用なく、むしろ訴外石毛の自動車にこそ待避義務があつたものというべく、この主張はとることができない。

2、更に被告代理人は、電車と自動車の接触個所が前認定のとおりであることよりして柳島行電車の運転手の過失を認めるべきであると主張するけれども、前掲(省略)の証言によれば柳島行電車の運転手としては最初に左斜前方四一米もの点を進行している訴外石毛の自動車を発見した時、該自動車が交叉点に入るに先つて減速または停車等の待避措置をとるものと考えて電車の運転を続けたのであることが認められる。そうだとすると、この場合この措置は相当であつて毫も批難に値しない。この様な関係であるのに双方の接触が前認定のような各車体部分について生じたのは前認定のとおり衝突前急停車の措置をとつたとはいえ電車の速度が約二〇粁であつたのに対し自動車の速度は、減速措置をとらない約六〇粁のままであつたことによるものと認めるのが相当である。この点の主張も採用できない。

(二) 本件事故についての被告の帰責事由について審究するに、当時被告が自動車修理業を営むものであつて、訴外石毛を修理工として雇つていたことは当事者間に争がない。そして、前掲(省略)の各証言を綜合して考えるときは、訴外石毛が当時運転した本件自動車は、被告が訴外棚木喜与太郎から修理を依頼され、修理工小田清一をして修理させ、修理後小田清一が修理の仕事場に鍵をつけたまま放置して帰つた後、訴外石毛が引き出して運転したものであることを認めることができる。自動車の修理には通常試運転がつきものであり、修理依頼者は鍵をつけたまま自動車を寄託するのが通常であることは自明のことであつて本件でもそうであつたと認められる。そうすると修理業者の使用人たる修理工が修理の委託をうけた自動車を運転することは、その運転の具体的動機のいかんはともかくとして、客観的にみて使用者の業務の執行というを妨げない。本件の場合、本件自動車の修理を担当した者は前認定のとおり小田清一であるけれども、この担当関係は、使用者の事業内部における一応のものにすぎず、客観的にはこの自動車の修理は訴外小田にとつてのみならず訴外石毛にとつても使用者の事業の執行というを妨げない。しかも、前記証人(省略)の証言によつて認められるようにこの自動車修理に際し訴外小田はミツシヨンという部分品の脱着等については訴外石毛をして手伝わせているのである。したがつて、訴外石毛の自動車運転の具体的目的を敢えて確定しなくても、依頼者に修理自動車を引き渡す前に修理工石毛のした本件自動車運転は客観的にみて民法第七一五条一項にいう事業の執行と確するを相当とする。しかして、このような事実関係の下では被告は、自己の自動車修理業のために顧客たる棚木喜与太郎から修理のため寄託された本件自動車を運行の用に供した者というを妨げないのである。

(三) したがつて、被告は、原告が第一項の事故によつて損害をうけた限り、物的損害については民法七一五条一項本文の規定により、人的損害については自動車損害賠償保償法三条本文により原告に対しその損害を賠償する義務あるものといわなければならない。

三、よつて、本件事故によつて原告がうけた損害について判断する。

(一)  (証拠―省略)を合せ考えれば、本件事故により原告はその所有にかかる電車車輛を破損し、その修理のため柳島行電車(車輛番号八〇六二号)については二六二、三二九円を要し、月島行電車(車輛番号六二八三号)については一六七、六八三円を要する損傷をうけ、合計四三〇、〇一一円相当の損害をうけたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

(二)  (証拠―省略)を合せ考えれば、本件事故により月島行電車の乗客であつた訴外木村俊一および同三平金作が原告主張のとおり第一、第二腰椎圧迫骨折または右撓骨神経痛の傷害をうけたので、昭和三三年九月中にその治療費等について原告が右電車の運転手たる渡辺英吉の名をもつて右訴外人と別紙のとおり示談を遂げ、その頃示談金の支払をしたことを認めることができる。しかして、右証言によれば、被告は、はじめ原告に対し本件事故による負傷者との示談交渉を原告に依頼し、負傷者一四人のうち右訴外人二人を除く一二人については原告に依頼して示談をとげ、示談金の支払をしたにもかかわらず、右二人についてのみ示談を拒絶したので、原告の方でやむなく電車運転手渡辺英吉の名をもつて示談をとげ、示談金の支払をしたものであることを認めることができる。このようにみてくると示談契約は、とうてい被告の依頼にもとずいたものでないこと明白であるが、その名義の如何にかかわらず、原告は義務なくして被告のなすべき損害賠償を管理したものと認めるを相当とする。尤も被告は、この二人に対する賠償については初の依頼にかかわらず、示談を拒絶し、原告はその後に示談したのであるから、その被告の意思に反すること明かであるけれども、被告は示談金の支払によつてその限度において利益をうけているものというべきであるから、原告が訴外木村および同三平に対し支払つた示談金の償還請求に応じなければいらない筋合であること明かである。

四、抗弁に対する判断

(一)  被告代理人は、民法七一五条一項但書の規定を援いて免責の主張をしているけれども、選任の点はとも角として、前記認定のような事情で訴外石毛が本件自動車を引き出して運転したのであつてみれば、被告はその事業の監督について十分注意を尽したものというをえないから、右主張は採用しない。

(二)  過失相殺の主張については、衝突の事情が前認定の如きものであつてみれば、都電運転手の側には過失ありといえないこと明白であるから、これまた採用の余地がない。

五、以上のしだいであるから、被告は原告に対し都電車輛破損による損害金四三〇、〇一一円および都電乗客の傷害による損害金の立替金一八七、八七〇円の合計六一七、八八一円ならびにこれに対する本件訴状送達の翌日たることの記録上明かな昭和三四年一一月四日以降右完済にいたるまでの民法所定の年五分の遅延損害金の支払義務あること明かであつて、これが履行を求める本訴請求は全部理由があるから、正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴八九条の規定を、仮執行の宣言について同一九六条一項の規定を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判官 小 川 善 吉

電車乗客に支出した金額(省略)

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